海外とアクティブに関わるようになってから10年が経ちました。きっかけを振り返ると、3/11であったことを思い出します。
AIサマリー
- 2011年3月11日、東日本大震災が自分の人生に大きな転機をもたらす。
- 将来のビジョンを明確にし、イメージしながら行動。
- 自分が本当にやりたいこと、生き方を見つけることが重要。
- 何になりたいかだけでなく、何をしたいかが重要。
東日本大震災の15時に頭を切り替えた
自らの発見や考え方を記録に残すようになってから10年が経ちました。この10年を振り返るとあり得ない事が沢山あり、濃厚すぎて驚いてしまいますが、その割にはあっという間だったし、特別長かった印象でもありません。
思えば2011年の3月11日、東日本大震災が大きな転機でした。東京でも大きな揺れがあった日、私は都内の仕事場におりましたが『これは本当に自分の命に関わる』ととっさに感じた事を覚えています。
命に関わる、つまり、いつ自分の命が無くなってもおかしくない事にふと気がつかされたのです。
その後すぐに思いついたことは「自分の人生このままで良いのかな?」という疑問でした。
人生は自分が思ったよりも短いのかもしれない。それなのにこんな雑な生き方で納得出来るのか?と自問出来た気がしました。
3月11日の15時。その時間には自分の人生を変えようと決めて、動き出したことだけは間違いありません。
その後何を実行したのか?
その後実行したことは次の通りです。①将来何をしたいのかをあやふやでもイメージする
②目の前のやれる事はやり切る
③やり切った後に、次に何をしたいのかを主張する、提案する
④それ以上現状で出来ることが無くなったら、取り組む場所を変える
①がとても重要で、10年先に自分が過ごしていたい風景みたいなものを毎日イメージしていた気がします。その時点では道を外れているのが明確だったので、それを是正する事に全力を注ぎました。間違っていることをいつまでもやれるほど、人生は長く無いかもということに気がついたのですから、遠慮をしている暇はありません。
①がとても重要で、10年先に自分が過ごしていたい風景みたいなものを毎日イメージしていた気がします。その時点では道を外れているのが明確だったので、それを是正する事に全力を注ぎました。間違っていることをいつまでもやれるほど、人生は長く無いかもということに気がついたのですから、遠慮をしている暇はありません。
その後はキャリアのステップアップを常に意識して、どんな事が出来ないから出来るようにするのか、どんな経験をしていくのかを考え、それに合わせて動き続けたわけです。
だらだらしない、キリ良くやることを変えていく、そしてひたすら『他人と逆張り』が何よりも自分には合っていました。
結果的に完璧では無いにせよ、自分がやりたい方向性には少しは近づきましたし、日々の苦痛みたいなものが大分減りました。無駄だと思ったら、さっさと見切りをつける決断力も重要な要素です。
余談ですが、自分は良く昼休みに理由も無く落ち込んでいましたが、そんな時は「5年後位にビジネスクラス乗るぞ」とか「あの立派なビルで仕事する」とか、なんとなく具合が良さそうな事をイメージして我慢していました。実際に願い続けたら、結局どちらも叶いましたので、イメージはバカに出来ません。
それでもまだまだ思った人生には辿り着けない
ところで人生はお金とか資産の量で決まるものではありません。収入が上がっても、資産が増えても、キリが無いし、何より死んだらチャラなのです。あの世には持っていけないし、それを後世に残したところで、他人には無価値な物でしかありません。資産は本人にしか価値が分かりませんから。最初の仕事より収入はずっと良いし、合わないという違和感が消えただけでも万歳ですが、それでもまだまだ自分が思ったところには行き着けていません。その間に予想外の苦難が訪れて、苦しみが増える部分もありました。
自分が本当にやりたいことはこんなこと、生き方はこんなこと、そんなイメージが実は浅かったのかな、などと気がつくこともありますし、簡単ではありません。
結局壁にぶつかり「さて、どうしたものか・・・」と悩む日々ですが、毎日考えをメモに書き出したりしながら、再びヒントを見つけようとしています。
何になりたいというより『何をしたいのか』のかが重要だということを、最近また学んだ気がします。
10戦10勝みたいなことはまるでなく、ああ失敗ばかりだったなということだらけですが、いつかそれも取り返せるだろうと思って生きるのが良さそうです。